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セルフ・コンパッションについて

小木曽 由佳
2022.10.20

身近な人が落ち込んでいたら

自分の大切な人(家族、恋人、友人など)が落ち込んでいる時、あなたはどんな声をかけるでしょうか?

仕事で失敗してしまった、傷つくことを言われた、人前で恥をかいてしまった、上手に話せなかった、悲しいことがあった…。

そうしたことで肩を落とす相手が目の前にいたら、あなたはきっと、少しでも元気になってほしくて「気にすることないよ」「次はきっと大丈夫」「よく頑張ったね」など、思いつく限りの優しい言葉をかけたいと強く思うのではないでしょうか。実際に言葉をかけずとも、心の中で励ましながら、そっと隣に寄り添ってあげるかもしれません。

一番身近な存在である自分

では、あなた自身が同じように落ち込んでいる時、あなたは自分に対してどんな言葉をかけるでしょうか?

 

「またやってしまった」

「だから私はダメなんだ」

「何度同じことを繰り返すんだ」

「人生終わったも同然だ」

「次もどうせうまくなんかいくものか」

 

思いつく限りのネガティブな言葉を、次から次へと浴びせてしまう…そんな体験はないでしょうか?大切な人が相手なら、傷ついているその人を思って絶対に言わないような辛辣なセリフを、自分に対しては平気でぶつけてしまうのです。あらためて考えればとても不思議なことですが、私たちは日頃、当たり前のようにそんな自己批判を繰り返してしまっているものです。

すると、どんなことが起こるでしょう。一番身近なはずの自分にまで責め立てられた人は、逃げ場をなくしてどんどんやる気を失い、抑うつ状態が高まったり、ストレスからさらなるミスを招いたりして、悪循環に陥ってしまうのです。

セルフ・コンパッションとは

そこでご紹介したいのが、「セルフ・コンパッション(Self-Compassion)」という考え方です。2003年、アメリカの心理学者クリスティーン・ネフ(Neff Kristin)によって提唱されました。“Compassion”は、「慈悲」「思いやり」「慈愛」と訳されます。ギリシア語で「共に」を示す”com-”と、「苦しみ」を示す”pati”が語源となっており、「共に苦しむこと」「共に苦しみ、痛みを和らげること」を意味します。それをこの自分自身(Self)に対して向けるというのです。具体的には、呼吸法や、自分の身体に優しく触れること、他者と同じように自分を思いやるワークなどを通して、少しずつ自分自身をケアする姿勢を身につけていきます。もちろん、大好きなアロマの香りを楽しむこと、湯船にゆっくりと浸かること、好きな食べ物を味わって食べることだって、自分への優しいケアのひとつです。あなたは優しくされる価値のない人間などでは絶対になく、あなた自身が誰よりも優先して大切にするべき、ご機嫌をとってあげるべき存在なのです。

自尊感情とセルフ・コンパッション

それはよく言われる「自尊感情」とは少し違います。「自尊感情」は、“自分が社会的にどのように評価されているか”が指標になっています。他人と比べて自分のほうが優れている、とか、職場や学校、所属のコミュニティで高い評価を受けたとか、そういったことで感じる自己肯定感のことです。成績や学歴、昇進、順位づけ、あるいはSNSでつけられる「いいね!」の数などはまさにその一例です。それはあくまでも他者からの評価であって、その都度の環境に大きく左右されるため、仮に高い「自尊感情」を持っている人でも、ふとしたきっかけであっという間に失ってしまう、ということだって十分ありうるのです。

これに対して、セルフ・コンパッションは、この人生において自分が自分であるかぎり、どのような環境にあっても持続しうるものです。自分の本当の気持ちに気づき、理想通りにいかない自分にも理解を示し、受け入れてあげる。この姿勢があれば、他者からの評価に依存することなく、他ならぬ自分の気持ちに基づいて次の一歩を踏み出すことができるのです。

そしてこうした行動は、周りの人々、環境にも波及していきます。というのも、脳科学の見地では、他者を思いやること、自分を思いやること、他者からの思いやりを受け入れることは、いずれも脳の同じ部位が機能して行われていると言われます。どれかひとつが活発になれば、おのずと他のふたつも活性化されていくのです。他者を思いやることによって自分への思いやりが増し、自分をケアすることによって他者の苦しみに気づくようになり、他者と関わるなかで自分に向けられた優しさをためらわずに受け止められるようになる。こうして、他者とのコミュニケーションが活発になり、人間関係や周囲の環境が良好になっていくので、ますます良い循環に入っていくことができるようになります。

セルフ・コンパッションに関心を持たれた方は、ぜひ文末に挙げる文献やWeb記事をご覧になって、簡単なワークから始めてみられることをおすすめします。

エクササイズをひとつ

最後に一つだけ、今すぐに試せるエクササイズをご紹介しましょう(岸本, 2021, pp. 108-109)。

 

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できるだけ身体に無理のかからない心地よい姿勢を取ります。

まぶたはそっと閉じるか、どこかにやわらかく視線を置きます。

ゆったりとした呼吸を続け、身体の不要な緊張をほどきます。

胸の上や、その他どこでも、あなたがホッとする場所に手を置き、手の温もりや感触を通じて、自分自身に親しみや優しさを向けることを思い出しましょう。

身体に息が入ってきて、また息が出ていく。

入ってくる息で身体に栄養が行き渡り、出ていく息とともに、ほっと楽になっていきます。

今しなければならないことは何もありません。

あなたの身体に、ただ呼吸をまかせるのです。

呼吸に注意を向けるうち、何か考えが頭の中を横切るかもしれません。

でもそれはとても自然なこと。今感じているどんなことも、感じているままに、そのままでいさせてあげましょう。

しばらくの間、優しい呼吸のリズムに身を委ねることができたら、ゆっくりとまぶたを開けます。

 

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1日のうちのどんなタイミングでもかまわないので、こんなふうに自分自身の呼吸に耳を澄ませてみる機会を作ってみるところから始めてみてはいかがでしょうか。

ご自愛のためのカウンセリングのすすめ

カウンセリングは、あなたがご自分のセルフ・コンパッションを育てていくためのお手伝いをするものです。それは必ずしも、優しい言葉がもらえるというだけではありません。信頼できるカウンセラーと出会い、あるいは出会ったカウンセラーを少しずつ信頼できるようになって、決まった時間の中で、安心して自分の心の内を話すこと、そしてそれを否定されず、じゃまされず、絶対に受容してもらえる、という体験を重ねること。そのうちあなたはきっと、普段の暮らしの中でも、徐々に自分のありのままを受け入れ、大事に思いやる、セルフ・コンパッションのコツを掴んでいくことでしょう。

Plattalksアプリは、いつもスマートフォンの中であなたを待っています。落ち込んでどうしようもない時、八方塞がりに感じる時、自分を責めてしまう時…。ぜひ勇気を出して話してみてください。かけがえのないあなたを大切にするためのヒントが、ひとつでも多く見つかりますように。

 

【参考文献】

石村郁夫(2019)『ストレスに動じない“最強の心”が手に入る セルフ・コンパッション』,大和出版。

岸本早苗(2021)『自分を思いやるレッスン──マインドフル・セルフ・コンパッション入門』,大和書房。

産業労働分野、医療分野、発達障害相談等にて心理カウンセラーの経験を積む。 ウェルビーイング、ユング心理学の研究者であり、著書『ユングとジェイムズ』(創元社, 2014)の他、心理学・思想関連書籍の執筆・翻訳を行う。

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