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35歳からの人生を豊かにする視点

谷地森 久美子
2022.11.04

中年期は「人生の午後」――自分の内面を充実させる時間

「中年期」と言われて、みなさんは何歳くらいをイメージするでしょうか。

 C・G・ユングは、人生における「中年期の重要性と意義」を見つけた心理学者のひとりですが、彼は中年期を35歳ころからと想定していたようです。ですが、現代の感覚でいえば、30代後半から60代半ばまでのイメージでしょうか。

 

 ユングは、人の一生を太陽の一日の運行(日の出から日の入り)にたとえて、中年期を「人生の午後」と呼びました。この世に誕生した時が「日の出」。成長とともに「正午」に達し、徐々に「日の入り」にむかう――。

 こう表現すると中年期は、人生の頂点から下降していくような、どこか寂しいイメージを抱く方もおられるでしょう。ですが、一般的な言葉の印象に惑わされないでくださいね。

 ユングは、日の入りや夜の時間に移行していく中年期を、自分の内面を充実させる時間=無意識を探求していく重要な時期と、とらえたのです。

 午後から夕方にかけて、次第にあたりは暗くなり、そして夜になります。日中に光を放っていた太陽が、まるで自身の光を、再び内側におさめるかのように暮れていきます。これを人の一生におきかえて考えると、次のように説明できます。

 

・若い時代は目標や業績の達成など、目に見える形で成果を出していくために、意識やエネルギーを外側に使っていく。

・中年期からは自分を深くみつめ、さらなる自己実現にいたるために意識やエネルギーをより内側へ心の変容に使っていく。

 

日没(日の入り)は下降・衰退・消失・死…というよりもむしろ、深海、うっそうとした森、洞窟のような未知なる境地、…そう無意識の世界に入っていくことなのです。人生の午後は、心や内面の深まり・充実・成熟・変容などを意味しています。

中年期の意義は、内面の深まりの機会であること。そして業績の達成、社会的な成功以上に、豊かさを秘めた心の変容が自己実現につながるーーとユングは説いています。

 

さて内面の深まりや心の変容の段階に私たちが入っていくきっかけは、どんなものがあるでしょうか。そのきっかけのひとつが、いわゆる人生の様々な局面で生じる「危機」なのです。

 

ここでカウンセリングの中で「中年の危機」がどのように話題にされるか、例をあげましょう。

私は40代以上の中年期のうつ病のお客様とお会いすることがよくあります。うつ病などいわゆる病気も人生の危機。その体験を伺っていると、先にあげた深い海やトトロがいるような茂った森にお客様自ら挑んで入っていく…そういったイメージが、私の心に広がってきます。そして、あきらめず、深く暗いうつの世界にとどまり続けると、うつで苦しんでいるお客様自身、その先にやがて一筋の光をみつけたり、深い森の中から思いがけない人生の気づきを得たりする……。

 

ありがたいことに私は、このような道のりに幾度となく同行させていただいており、そのたびに、このプロセスに静かな感動を覚えます。「これは日常の中の小さな奇跡、人生まるごとの変容プロセスではないか」と。

 

カウンセリングの中で、こんな奇跡や変容がなぜ起きるのか。そのヒントが「中年期」だと考えます。10代や20代ではない、長い年月を生きてきたからこそ、人生経験という積み重ねが土台となり変容が起きるのです。

 

「中年期」には、若い時代には見えなかった世界、あるいは見てこなかった世界に気づきをむけることができる潜在能力がある、と私は確信しています。

 

次回は、さらに「中年期の可能性」について取り上げていきます。

 

参考文献:

*アンドリュー・サミュエルズ 『ユング心理学辞典』(創元社)

*河合隼雄『ユング心理学入門』(岩崎書店)

*谷地森久美子『ふりまわされない自分をつくる 「わがまま」の練習』(角川書店)

臨床心理士、公認心理師。東京学芸大学大学院修了。心の専門家として約30年の活動を通し総計4万件の相談実績を持つ。中年の危機、恋愛・結婚、仕事の人間関係、家族問題などで、生きづらさを感じている大人が、自分らしさ、本来の「ありのまま」を取り戻すことを通して確実に前進する、そのカウンセリングスタイルに定評がある。 著書:『ふりまわされない自分をつくる 「わがまま」の練習  心の中に線を引けば全部うまくいく』(角川書店)

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